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w closet×JUGEM

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

沼田まほかる『ユリゴコロ』

1月に紹介した沼田まほかるさんの作品『彼女がその名を知らない鳥たち』が、単なるミステリーに留まらず、綺麗事ではおさまらない人間たちを丁寧に描いていて、なかなか興味をひかれたので、再度彼女の作品を手にとってみました。

殺人に取り憑かれた人間の、これまでの生々しい殺人を告白したノート「ユリゴコロ」を巡る物語で、ノートを見つけた亮介を主軸に、ノートの内容が明かされると同時に、彼を取り巻く人間関係のありようがオセロのようにひっくり返されていく驚きのミステリーです。

 

 

書名でもある「ユリゴコロ」は、ノートの著者が“心の寄り何処”というような意味で使った言葉です。初めは殺人が唯一の心の拠り所であるという意味の「ユリゴコロ」でしかないのですが、物語が進むに従って読者は、それぞれの登場人物たちの人を愛することを生きる拠り所とする「ユリゴコロ」を見せられてしまっている作品となっていきます。血なまぐさい殺人がいくつも織り込まれながらも、読後感にそれほど後味の悪さを感じないのは、人を愛することを「ユリゴコロ」とする登場人物たちを、読者が嫌悪しきることができないからなのでしょう。数々の殺人が社会的に罰せられないところに物足りなさを感じる読者もいるかもしれませんが、(『彼女がその名を知らない鳥たち』も罰のない作品だったこともあり、)作者にとっては、無償の愛や許しのようなものを描くことが主眼なのかなと感じました。

『ユリゴコロ』は2017年に映画になったようですが、原作にかなりアレンジが加えられているとかいないとか…。さて、どう料理されているのか…、そちらも観てみたくなりました。

  • 2019.03.09 Saturday
  • 11:14

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

チョン・セラン『アンダー、サンダー、テンダー』

『今、何かを表そうとしている10人の日本と韓国の若手対談』の、朝井リョウさんとチョン・セランさんの対談でも取り上げられていた作品です。オビには、「隣国の小説家が描き出す、少年少女の両目に写り得るもののすべて。その世界の手触りに、ここめで共鳴するとは。」との朝井リョウさんの推薦文が載せられています。

訳者・吉川凪さんのあとがきに、「アンダー、サンダー、テンダー」というタイトルに込めた意味を作者に尋ねた答えが載せられていました。

アンダーエイジとは、資質や才能、癒すべき傷、優れていたり、劣っていたりする部分がまだはっきり表に現れていない年齢のことです。自分なりの何かを見つけようと挫折を繰り返すアンダードッグ(負け犬)のようなニュアンスもあります。サンダーエイジは、私のつくった言葉で、文字通り稲妻のような年頃です。十代で経験することはすべてにおいて圧倒的であり、音楽も十代で聴けば切実に感じられるし、雨に降られても体中の細胞がすべて反応するような気がするでしょう。そんな感覚の強烈さをサンダーと表現してみました。テンダーエイジは、あまりにも優しく柔軟でまだ固まっておらず、また自らを守れる年齢ではないために社会の暴力に無防備にさらされている十代を表した言葉です。

 

 

作品は、タイトルの解説にあるような十代の人間関係や出来事が真ん中に据えられているものの、十代がそのまま描かれて完結するのではなく、三十代となった主人公が十代の日々を振り返るという趣向です。また、主人公を取り巻く登場人物たちの群像劇ともなっていて、これまた大人になった彼らも登場してきます。唐突に挿入されていく、主人公(最終的に短編映画監督となる)の彼らを撮影した断片的動画の場面は、読み終わった読者にとっては、もう一度振り返らずにいられないものとなります。動画部分を通して追っていくと、今を生きる彼らが生き生きと立ち上がってきて、胸があつくなるという作りも劇的です。

失うことが全てであるかのような、何も手に入れられるものなどないような十代を送った主人公たちが、そんな現実の中にありながらも、自分自身として生きていく大人となっていく。何らかの形で周囲の人が関わることでしか人の一歩一歩はないのだな…と感じさせられる作品でした。

  • 2019.03.02 Saturday
  • 13:26

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

寺山修司『あゝ、荒野』

2017年公開の菅田将暉とヤン・イクチュンのW主演の映画『あゝ、荒野』の原作本が、寺山修司唯一の長編小説だと知り、迷わず手に取りました。

映画は、綺麗ごとでは済まされない現実を、暴力的といえる様々な要素を盛り込んだ設定の中で、俳優陣たちがリアルに演じた前後篇5時間の大作でしたが、それ故メッセージも多く、物語の収拾の仕方や解釈に考え込まされ、それがまた魅力の一つでもある作品でした。

 

 

原作の結末はまさに映画と同じですし、映画の背骨になったと思われる「誰かに責任をのこして、そいつとの結びつきのなかで死にたい」というメッセージもしっかり書かれているのですが、印象は少し違っています。当時流行の歌謡曲の一節や小説や詩のフレーズなどを散りばめられた原作は、あとがきにも「登場人物がどう動いてゆくか」を「即興描写で埋めて」いったとあるように、寺山自身が流れの中で登場人物を自由に動かし、私たち人間(読者)の、「荒野」(という現実)に生きるナマの感覚を呼び覚まそうとしているかのように感じました。映画では驚きで受けたとめた結末が、原作ではよりもの哀しいものに感じられたのも、呼び覚まされたナマの感覚のせいかもしれません。また、各章の初めにおかれた寺山修司の短歌も象徴的で、ストーリーとの距離感が絶妙です。

映画ならではの、登場人物の設定の変更や、作り込まれたエピソードの数々は、岸善幸監督が原作から受けとったナマの感覚で解釈し生み出された新しい「荒野」の世界だったのだな、と改めて感じました。

  • 2019.02.23 Saturday
  • 15:08

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

米澤穂信『さよなら妖精』

前々回、前回と、フリージャーナリスト「太刀洗万智」を主人公とする作品を読んでくると、書籍に初登場する高校生の彼女が気になって仕方が無くなってしまいました。というところで、引き続き米澤穂信さんの『さよなら妖精』です。

『さよなら妖精』は、「ボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ」で、太刀洗万智はヒロインでもなく、準主役といった立ち所です。作品としては、日本を去ったヒロイン・マーヤの所在をつきとめようとする大きなミステリーを主軸に、彼らが日常で出会った些細な謎を解いていく(小さなミステリ−?)が散りばめられています。そして、それらの謎と立ち向かう高校生の主人公たちの中で独特の存在感と、探偵的心眼を持つ魅力的な人物として描かれているのが太刀洗万智です。

 

 

前回の『真実の一〇メートル手前』のあとがきの中で作者が、「正義漢」という作品が、『さよなら妖精』の太刀洗万智を大人にした物語を「時間も準備もない中でふと思いついた」ものであり、そこから記者太刀洗万智の作品群が生まれていったという経緯を書いていましたが、『さよなら妖精』を読み、ヒロインでもないのに際立つ太刀洗万智の存在感に触れてしまうと、限られた時間しかない作者が、ふと彼女を書きたくなったのは必然だったのだなと納得させられました。

そしてまた、『真実の一〇メートル手前』の「正義漢」と「ナイフを失われた思い出の中に」が、いかに『さよなら妖精』ファンを喜ばせるもので、作者の読者サービスであったかにも驚かされました。偶然に『王のサーカス』→『真実の一〇メートル手前』→『さよなら妖精』の順で出会った太刀洗万智でしたが、出会い方としてはベストの順番だった気がしています(笑)

  • 2019.02.16 Saturday
  • 17:07

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

米澤穂信『真実の一〇メートル手前』

前回の『王とサーカス』に引き続いて、フリージャーナリストになった太刀洗万智の短編集です。冒頭の表題作のみ新聞記者時代の物語でしたが、実はこの作品は『王とサーカス』の前日談として、長編の劈頭に置くつもりで生まれた作品だそうで、将来的にフリーランスならではの謎解きをする記者となっていく太刀洗万智が、その道を辿ることが必然であったことを思わせる一人称の小説となっていて、新聞記者時代の物語であることに違和感はありません。

 

 

全6編共に、太刀洗万智の探偵的心眼が一番の魅力の作品群で、その謎解きの見事さはホームズら名探偵を彷彿とさせるものがあり、どれも面白い!しかも、それぞれの物語の終着点が、謎解きの面白さではないところにあり、彼女の記者としての生き様が浮かび上がってくるのも、本短編集の特徴的なところです。前作で、サーカスの座長にはならないと決意した彼女は健在であるばかりか、さらに凄みを増していきます。また、それぞれの短編で、彼女らしさを引き出してくる人物が一辺倒でない形で設定されているのも、読者をあきさせません。

6編の中で、フリージャーナリストとしての太刀洗万智を最も印象づける作品は「ナイフを失われた思い出の中に」です。彼女の記者としての選択に驚くだけでなく、作者が彼女を主人公とした短編集で目指すところが示されているようで、腹にズドンとこたえます。これは高校生の彼女が始めて小説に登場した『さよなら妖精』と繋がりがある作品のようなので、この流れで高校生の太刀洗万智に出会いたくなりました。

  • 2019.02.09 Saturday
  • 15:26