Categories

Calender

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

Recent Entries

Archives

w closet×JUGEM

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

寺山修司『あゝ、荒野』

2017年公開の菅田将暉とヤン・イクチュンのW主演の映画『あゝ、荒野』の原作本が、寺山修司唯一の長編小説だと知り、迷わず手に取りました。

映画は、綺麗ごとでは済まされない現実を、暴力的といえる様々な要素を盛り込んだ設定の中で、俳優陣たちがリアルに演じた前後篇5時間の大作でしたが、それ故メッセージも多く、物語の収拾の仕方や解釈に考え込まされ、それがまた魅力の一つでもある作品でした。

 

 

原作の結末はまさに映画と同じですし、映画の背骨になったと思われる「誰かに責任をのこして、そいつとの結びつきのなかで死にたい」というメッセージもしっかり書かれているのですが、印象は少し違っています。当時流行の歌謡曲の一節や小説や詩のフレーズなどを散りばめられた原作は、あとがきにも「登場人物がどう動いてゆくか」を「即興描写で埋めて」いったとあるように、寺山自身が流れの中で登場人物を自由に動かし、私たち人間(読者)の、「荒野」(という現実)に生きるナマの感覚を呼び覚まそうとしているかのように感じました。映画では驚きで受けたとめた結末が、原作ではよりもの哀しいものに感じられたのも、呼び覚まされたナマの感覚のせいかもしれません。また、各章の初めにおかれた寺山修司の短歌も象徴的で、ストーリーとの距離感が絶妙です。

映画ならではの、登場人物の設定の変更や、作り込まれたエピソードの数々は、岸善幸監督が原作から受けとったナマの感覚で解釈し生み出された新しい「荒野」の世界だったのだな、と改めて感じました。

  • 2019.02.23 Saturday
  • 15:08

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

米澤穂信『さよなら妖精』

前々回、前回と、フリージャーナリスト「太刀洗万智」を主人公とする作品を読んでくると、書籍に初登場する高校生の彼女が気になって仕方が無くなってしまいました。というところで、引き続き米澤穂信さんの『さよなら妖精』です。

『さよなら妖精』は、「ボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ」で、太刀洗万智はヒロインでもなく、準主役といった立ち所です。作品としては、日本を去ったヒロイン・マーヤの所在をつきとめようとする大きなミステリーを主軸に、彼らが日常で出会った些細な謎を解いていく(小さなミステリ−?)が散りばめられています。そして、それらの謎と立ち向かう高校生の主人公たちの中で独特の存在感と、探偵的心眼を持つ魅力的な人物として描かれているのが太刀洗万智です。

 

 

前回の『真実の一〇メートル手前』のあとがきの中で作者が、「正義漢」という作品が、『さよなら妖精』の太刀洗万智を大人にした物語を「時間も準備もない中でふと思いついた」ものであり、そこから記者太刀洗万智の作品群が生まれていったという経緯を書いていましたが、『さよなら妖精』を読み、ヒロインでもないのに際立つ太刀洗万智の存在感に触れてしまうと、限られた時間しかない作者が、ふと彼女を書きたくなったのは必然だったのだなと納得させられました。

そしてまた、『真実の一〇メートル手前』の「正義漢」と「ナイフを失われた思い出の中に」が、いかに『さよなら妖精』ファンを喜ばせるもので、作者の読者サービスであったかにも驚かされました。偶然に『王のサーカス』→『真実の一〇メートル手前』→『さよなら妖精』の順で出会った太刀洗万智でしたが、出会い方としてはベストの順番だった気がしています(笑)

  • 2019.02.16 Saturday
  • 17:07

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

米澤穂信『真実の一〇メートル手前』

前回の『王とサーカス』に引き続いて、フリージャーナリストになった太刀洗万智の短編集です。冒頭の表題作のみ新聞記者時代の物語でしたが、実はこの作品は『王とサーカス』の前日談として、長編の劈頭に置くつもりで生まれた作品だそうで、将来的にフリーランスならではの謎解きをする記者となっていく太刀洗万智が、その道を辿ることが必然であったことを思わせる一人称の小説となっていて、新聞記者時代の物語であることに違和感はありません。

 

 

全6編共に、太刀洗万智の探偵的心眼が一番の魅力の作品群で、その謎解きの見事さはホームズら名探偵を彷彿とさせるものがあり、どれも面白い!しかも、それぞれの物語の終着点が、謎解きの面白さではないところにあり、彼女の記者としての生き様が浮かび上がってくるのも、本短編集の特徴的なところです。前作で、サーカスの座長にはならないと決意した彼女は健在であるばかりか、さらに凄みを増していきます。また、それぞれの短編で、彼女らしさを引き出してくる人物が一辺倒でない形で設定されているのも、読者をあきさせません。

6編の中で、フリージャーナリストとしての太刀洗万智を最も印象づける作品は「ナイフを失われた思い出の中に」です。彼女の記者としての選択に驚くだけでなく、作者が彼女を主人公とした短編集で目指すところが示されているようで、腹にズドンとこたえます。これは高校生の彼女が始めて小説に登場した『さよなら妖精』と繋がりがある作品のようなので、この流れで高校生の太刀洗万智に出会いたくなりました。

  • 2019.02.09 Saturday
  • 15:26

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

米澤穂信『王とサーカス』

同僚イチオシのミステリーは、米澤穂信さんの長編。

ミステリー的謎解きの面白さはもちろんですが、個人的には、ジャーナリストとして独り立ちしていく太刀洗万智の物語としての面白さの方に興味を引かれました。

新聞社を辞め、雑誌の海外旅行特集の事前取材で訪れたネパールで、偶然にも王族殺害事件(※)が勃発し、急遽取材することになった主人公ですが、面白くなってくるのは、取材を重ねていく彼女が、自分の記者としての使命を自問自答し始める中盤からです。そこでは、丁度題名の「サーカス」につながる、大きな問いが太刀洗に突きつけられます。それは奇しくも殺されることとなる男・ラジュスワルが、彼女に投げかけたものでした。

ラジュスワルは、情報をほしがる大衆を「刺激的な最新情報を待っている人々」と言い、大衆にとって「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ」と言い放ちます。そして、「お前はサーカスの座長だ。おまえの書くものはサーカスの演し物」であり、「悲劇が楽しまれる宿命」にあると指摘します。

 

 

本作の謎解きは、王族殺害事件を背景にしながら、その事件下に起きたラジュスワル殺人事件にまつわる人間模様を解くところにあるのですが、サーカスの団長にならないよう自らの意志で立つ「ジャーナリスト太刀洗」の誕生をひもとく物語でもありました。そしてまた、センセーショナルな記事を求める一般大衆の果たしている役割についても考えさせられた作品でした…。一体、どちらが踊り踊らされているのだろう…と…。

こうして誕生したフリージャーナリスト太刀洗万智が、この後どのような記者となっていくのか、『真実の一〇メートル手前』という短編集になっているようなので、ぜひ手に取ってみたいと思っています。


※「王族殺害事件」(ナラヤンヒティ王宮事件)−2001年6月1日にネパールの首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で発生した、当時の国王一家が皆殺しにされた事件。皇太子(事件3日後に死亡)が犯人とされたが、生き残って事件後に即位した国王の弟の動向などから、彼が行ったクーデターとする説もある。真相は現在も不明のまま。

  • 2019.02.02 Saturday
  • 14:45

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』

蒼井優主演の映画『彼女がその名を知らない鳥たち』は、そのコピー通りの「共感度0%、不快度100%」の「最低な女と男」のオンパレードで、それを演じる俳優さんたちの演技におののき、また賞賛しながら、「まぎれもなく愛の物語」としてのラストに衝撃をうけた作品でした。このあとの主人公はどうなるのか…、この結末は彼女の救いになっているのか…。ラストの解釈に悩んで手に取った原作本でした。

 

(写真は映画ポスターより)

 

原作では、主人公北原十和子と十和子から見た佐野陣治が丁寧に描かれていきます。二人が最低な人間なのは映画と変わらないのですが、十和子が陣治を嫌悪し、疑心暗鬼にかられながらも、彼から離れられない何かを抱いている様子が丁寧に書き込まれていきます。そして、執拗に出てくる象徴的なカラスの描写。もちろん、ラストの展開は同じなのですが、原作本を、十和子と陣治の物語として読んでいくと、その後の十和子の人生や、題名の「鳥たち」の意味が、やっと腑に落ちた気がしました。

 

 

(以下ネタバレありです)

陣治の死という、現実の生活の中で確かにそこにあった愛を手離すことでしか得られない「究極の愛」。しかし、宙ぶらりんに生きてきた十和子にとっては、この愛による解放が唯一の救いだったのかもしれません。子どもを産むことへの執着を持っていた十和子に、「俺を産んでくれ」と生きる道を遺していった陣治。ラストで滑空するように虚空へ迷い込んでいった陣治は、彼女をカラスたちから解放する鳥であり、また、「たった一人の十和子の恋人」として、十和子の一生の終わりまで内部を落下し続ける鳥となったのでしょう。

  • 2019.01.13 Sunday
  • 18:27

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

『今、何かを表そうとしている10人の日本と韓国の若手対談』

日韓国交正常化50周年にあたる2015年から3年間にわたって行われたプロジェクト「日韓若手文化人対話―ともに語り、考えを分かち合う」の記録です。20代から40代前半の「今、何かを表そうとしている」クリエイター5組10人が、日本と韓国を行き通いながら行われた2度の対談の様子と、対談前後に交わした手紙が収録されています。

西川美和(映画監督)× ムン・ソリ(女優/映画監督)

寄藤文平(グラフィックデザイナー)×キム・ジュンヒョク(小説家)

光嶋裕介(建築家)×アン・ギヒョン(建築家)

朝井リョウ(小説家)×チョン・セラン(小説家)

岡田利規(演劇作家)×キ・スルギ(アーティスト)

 

 

映像、アート、文学、建築、演劇…各分野の若手文化人の対談は、日韓の歴史問題などには一切触れることなく、それぞれが“今表そうとしている何か”について純粋に語り合っていきます。もちろん、文化の違いによる表現や発想方法の相違なども見えてくるものの、それ以上に、純粋に表現し続けるクリエーターとしての共通点の方が、読者には強烈な印象を残していきます。

また、携わっているジャンルによって、個人で作品を表したり(アートや小説)、人との関わりの中で自分の役割を果たして表したり(建築や映画や演劇)と、それぞれの立ち位置や考え方の違いや、完成の仕方の違いが詳らかにされていくのも大変興味深いところです。それぞれのクリエイターの拘りがたいへん面白く、読みどころです。一口に「表現」と言っても様々であることを、5つの対談によって様々な角度から眺めることができる一冊です。

朝井リョウさんと対談した、チョン・セランさんの『アンダー、サンダー、テンダー』はすぐに手に取ることのできそうなので、未知の領域だった韓国文学に触れてみたくなりました。

  • 2019.01.05 Saturday
  • 19:19

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

三島由紀夫『音楽』

精神分析医・汐見和順の手記という体裁を取る本書。「序」で、この手記が「女性の性の問題に関する、徹底的に無遠慮な」もので、「女性読者に反感を催さしめる」かもしれない、と「読者に注意を喚起」すると共に、文学作品とは違ったアプローチをとりながら、「人間性というものの底知れない広さと深さ」にいたるものであると断っています。初っ端から読者は、小説ではないのか(?)…と煙に巻かれた気分になりながら、いやいやそうは言っても…と、三島作品に期待してしまう、という絶妙な始まりが用意されています。扉には、汐見和順述「音楽 精神分析における女性の冷感症の一症例」とのタイトルが示され、読者を迎え入れます。

 

 

美貌の主人公、弓川麗子。彼女の冷感症という悩みと治療中の様子、汐見に送ってくる(対面した時とは印象を変える)手紙など、読み始めは、谷崎潤一郎の妖婦に似たものを思わせるものでした。そこに、彼女に翻弄される登場人物たちが加わっていき、恋人を愛せない彼女の現実、そして、兄との近親相姦…と、目の離せない展開が続いていきます。真実に行き着いたと思ったらまた別の真実らしきものへと、麗子が冷感症を克服するための真相は常に変化し続けていき、まるでサスペンスのような趣に…。その頃から読者は、谷崎的な妖婦らしさではなく、三島の描こうとしている女性心理の方にすっかりひきつけられてしまいます。

では、「音楽」の象徴するものとは…。なぜ「音楽」なのか…。一番のお楽しみは本編を読んでいただくくとして、精神分析用語をふんだんに取り入れながら、印象的な登場人物たちと、気の抜けないストーリー展開で読ませる作品でした。サスペンス的に読者をひきつけてきた割には、最後の1ページが…という思いも若干残りましたが、それは分析医の手記ですから…という落とし所なのでしょう。扉と結末を手記テイストにして淡々と描いた作品のようなに粧いながら、やはり中身は三島由紀夫作品ならではの、面白さと意外性に満ちていました。まさに、主人公麗子そのもののような小説と言えるのかもしれません。

  • 2018.12.29 Saturday
  • 08:57

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

ジェームズ・ボーエン『ボブという名のストリート・キャット』『ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険』

実話を元にした映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』。何の気なしに出会った映画だったのですが、茶トラのボブがあまりに可愛くて、原作本が世界28カ国以上で翻訳出版され、続編2冊を合わせると、計1000万部を越える大ベストセラーだと知り、思わず手に取りました。私自身が、基本的に映画と原作本では原作本に軍配を上げるタイプなのもあって、しかも、ボブ役を演じ(?)ていたのが、実際のボブだと知り興味津々、かなり期待してむかった原作本でした。

 

 

読み終えて率直に感じたのは、原作本はノンフィクションなのだということでした。丁寧に、ありのままに、ホームレス&薬物依存症のストリートミュージシャンで、行き先も見つけられなかった青年が、野良猫との奇跡的な出会いで、人生を取り戻していくまでを描いています。『ボブという名のストリート・キャット』で語り尽くされなかった、読者の知りたかった部分も、続編『ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険』で補足されていて、ノンフィクションとして納得の仕上がりになっていました。(映画もこの二冊から材料を得ていました。)

では、原作本との勝敗は…!? 映画が、主人公だけでなく、周辺の人間たちがとても魅力的に描かれ(原作とは違ってかなり人物に脚色がなされています)、また、ホームレス生活からスタートするドラマチックなストーリー展開が用意されていたので、映画に軍配を上げたくなりました。と言いながらも、今回はむしろ、ノンフィクションが小説(少なからず読者への何らかのエンタメ的要素を持つ)とは全く違ったもので、小説と映画のような比較ができないのだ、ということを改めて実感する読書体験だったとの思いが強いです。どうやら、ノンフィクションの映画化の場合は、原作本→映画の順で出会うのが、両方を楽しみきる秘訣のようです。

ともかく、原作本も映画も「セカンドチャンス」というメッセージは変わりません。多くの人々の指示を受けている理由もそこにあるのでしょう。

 

(写真はビッグイシューHPより)

 

ジェームズのセカンドチャンスの第一歩となった、ホームレスの人の仕事をつくり自立を応援する『ビッグイシュー』が日本にあるのも初めて知りました!ちょうど最新号がまさかの「猫のボブ」の表紙で驚きました!スペシャル企画「ボブから学んだ5つの人生哲学」も掲載されているようです。

  • 2018.12.15 Saturday
  • 01:42

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

印象派の巨匠マティス、ドガ、セザンヌ、モネに迫る四つの短編集。

それぞれの作品の語り手となるのは、画家の身近にいた女性達で、召使い、女流画家、画材商の娘、義理の娘、と様々。美術小説『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』も、キュレーターの経験がある原田マハさんならではの作品だと感じましたが、今回も「史実に基づいたフィクション」で、評伝や美術史とは違うところを、作家の想像力で埋めていって、画家を描いていく作品群です。

 

 

それぞれ中心にある作品を頭において読んでいけるのも魅力です。マティス『マグノリアのある静物』、ドガ『14歳の小さな踊り子』、「リンゴ」の画家セザンヌとゴッホ『タンギージ爺さん』、モネ最晩年の『睡蓮』。それにしても、語り手である画家達の周りにいた女性達の画家への(芸術への?)献身ぶりのせいでしょうか…、どの作品の結末になぜかもの悲しさを感じずにはいられず…。この切なさもまた、芸術というものがもたらすものなのかもしれません。

  • 2018.12.08 Saturday
  • 20:38

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

池田晶子『勝っても負けても 41歳からの哲学』

前回の『41歳からの哲学』の続編。『週刊新潮』での連載コラム「死に方上手」あらため「人間自身」を内容毎に収録した1冊。時代が変わろうとも、世の中が変わろうとも、「人間であるところの自分」、「人間そのもの」「人間自身」は全く同じだ、というところから切り口。

 

 

「哲学とは、どこの誰にも納得できるはずのことを考えること」「生きているとはどういうことか、自分であるとはどういうことか、誰にも共通の当たり前のことを考える」ことだと池田さんは言います。そして、「当たり前のことを考える」=「自分がそうだと思い込んでいることを疑うこと」で、そこが哲学が難しいと言われる点だ、といわれると納得です。

「思い込み」という観点から眺めていく「政治」「国家」「社会」「個人」、そして、「自分」。近現代人としての私たちが、当たり前と思っている「自分」が、いかに不明瞭な観念にすぎないかということが、分かりやすく説かれていきます。

そして、一番興味深かったのが「言葉」の定義です。「言葉で語るということは、言葉で語らなければ何事でもないことを、何事かであるかのように語ること」だそう。人は、「人生は何事でもないという自由に耐えられない」から、言葉によって「人生に物語を求める」。「人間とは虚構を現実として生きている生物なのだ」「人は言葉によって規定されたい」のだ、との展開にハッとさせられました。

「日常に風穴を開ける唐突な思考」である哲学に気付くことのできる続編です。

  • 2018.12.01 Saturday
  • 22:29