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w closet×JUGEM

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』

蒼井優主演の映画『彼女がその名を知らない鳥たち』は、そのコピー通りの「共感度0%、不快度100%」の「最低な女と男」のオンパレードで、それを演じる俳優さんたちの演技におののき、また賞賛しながら、「まぎれもなく愛の物語」としてのラストに衝撃をうけた作品でした。このあとの主人公はどうなるのか…、この結末は彼女の救いになっているのか…。ラストの解釈に悩んで手に取った原作本でした。

 

(写真は映画ポスターより)

 

原作では、主人公北原十和子と十和子から見た佐野陣治が丁寧に描かれていきます。二人が最低な人間なのは映画と変わらないのですが、十和子が陣治を嫌悪し、疑心暗鬼にかられながらも、彼から離れられない何かを抱いている様子が丁寧に書き込まれていきます。そして、執拗に出てくる象徴的なカラスの描写。もちろん、ラストの展開は同じなのですが、原作本を、十和子と陣治の物語として読んでいくと、その後の十和子の人生や、題名の「鳥たち」の意味が、やっと腑に落ちた気がしました。

 

 

(以下ネタバレありです)

陣治の死という、現実の生活の中で確かにそこにあった愛を手離すことでしか得られない「究極の愛」。しかし、宙ぶらりんに生きてきた十和子にとっては、この愛による解放が唯一の救いだったのかもしれません。子どもを産むことへの執着を持っていた十和子に、「俺を産んでくれ」と生きる道を遺していった陣治。ラストで滑空するように虚空へ迷い込んでいった陣治は、彼女をカラスたちから解放する鳥であり、また、「たった一人の十和子の恋人」として、十和子の一生の終わりまで内部を落下し続ける鳥となったのでしょう。

  • 2019.01.13 Sunday
  • 18:27

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

『今、何かを表そうとしている10人の日本と韓国の若手対談』

日韓国交正常化50周年にあたる2015年から3年間にわたって行われたプロジェクト「日韓若手文化人対話―ともに語り、考えを分かち合う」の記録です。20代から40代前半の「今、何かを表そうとしている」クリエイター5組10人が、日本と韓国を行き通いながら行われた2度の対談の様子と、対談前後に交わした手紙が収録されています。

西川美和(映画監督)× ムン・ソリ(女優/映画監督)

寄藤文平(グラフィックデザイナー)×キム・ジュンヒョク(小説家)

光嶋裕介(建築家)×アン・ギヒョン(建築家)

朝井リョウ(小説家)×チョン・セラン(小説家)

岡田利規(演劇作家)×キ・スルギ(アーティスト)

 

 

映像、アート、文学、建築、演劇…各分野の若手文化人の対談は、日韓の歴史問題などには一切触れることなく、それぞれが“今表そうとしている何か”について純粋に語り合っていきます。もちろん、文化の違いによる表現や発想方法の相違なども見えてくるものの、それ以上に、純粋に表現し続けるクリエーターとしての共通点の方が、読者には強烈な印象を残していきます。

また、携わっているジャンルによって、個人で作品を表したり(アートや小説)、人との関わりの中で自分の役割を果たして表したり(建築や映画や演劇)と、それぞれの立ち位置や考え方の違いや、完成の仕方の違いが詳らかにされていくのも大変興味深いところです。それぞれのクリエイターの拘りがたいへん面白く、読みどころです。一口に「表現」と言っても様々であることを、5つの対談によって様々な角度から眺めることができる一冊です。

朝井リョウさんと対談した、チョン・セランさんの『アンダー、サンダー、テンダー』はすぐに手に取ることのできそうなので、未知の領域だった韓国文学に触れてみたくなりました。

  • 2019.01.05 Saturday
  • 19:19

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

三島由紀夫『音楽』

精神分析医・汐見和順の手記という体裁を取る本書。「序」で、この手記が「女性の性の問題に関する、徹底的に無遠慮な」もので、「女性読者に反感を催さしめる」かもしれない、と「読者に注意を喚起」すると共に、文学作品とは違ったアプローチをとりながら、「人間性というものの底知れない広さと深さ」にいたるものであると断っています。初っ端から読者は、小説ではないのか(?)…と煙に巻かれた気分になりながら、いやいやそうは言っても…と、三島作品に期待してしまう、という絶妙な始まりが用意されています。扉には、汐見和順述「音楽 精神分析における女性の冷感症の一症例」とのタイトルが示され、読者を迎え入れます。

 

 

美貌の主人公、弓川麗子。彼女の冷感症という悩みと治療中の様子、汐見に送ってくる(対面した時とは印象を変える)手紙など、読み始めは、谷崎潤一郎の妖婦に似たものを思わせるものでした。そこに、彼女に翻弄される登場人物たちが加わっていき、恋人を愛せない彼女の現実、そして、兄との近親相姦…と、目の離せない展開が続いていきます。真実に行き着いたと思ったらまた別の真実らしきものへと、麗子が冷感症を克服するための真相は常に変化し続けていき、まるでサスペンスのような趣に…。その頃から読者は、谷崎的な妖婦らしさではなく、三島の描こうとしている女性心理の方にすっかりひきつけられてしまいます。

では、「音楽」の象徴するものとは…。なぜ「音楽」なのか…。一番のお楽しみは本編を読んでいただくくとして、精神分析用語をふんだんに取り入れながら、印象的な登場人物たちと、気の抜けないストーリー展開で読ませる作品でした。サスペンス的に読者をひきつけてきた割には、最後の1ページが…という思いも若干残りましたが、それは分析医の手記ですから…という落とし所なのでしょう。扉と結末を手記テイストにして淡々と描いた作品のようなに粧いながら、やはり中身は三島由紀夫作品ならではの、面白さと意外性に満ちていました。まさに、主人公麗子そのもののような小説と言えるのかもしれません。

  • 2018.12.29 Saturday
  • 08:57

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

ジェームズ・ボーエン『ボブという名のストリート・キャット』『ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険』

実話を元にした映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』。何の気なしに出会った映画だったのですが、茶トラのボブがあまりに可愛くて、原作本が世界28カ国以上で翻訳出版され、続編2冊を合わせると、計1000万部を越える大ベストセラーだと知り、思わず手に取りました。私自身が、基本的に映画と原作本では原作本に軍配を上げるタイプなのもあって、しかも、ボブ役を演じ(?)ていたのが、実際のボブだと知り興味津々、かなり期待してむかった原作本でした。

 

 

読み終えて率直に感じたのは、原作本はノンフィクションなのだということでした。丁寧に、ありのままに、ホームレス&薬物依存症のストリートミュージシャンで、行き先も見つけられなかった青年が、野良猫との奇跡的な出会いで、人生を取り戻していくまでを描いています。『ボブという名のストリート・キャット』で語り尽くされなかった、読者の知りたかった部分も、続編『ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険』で補足されていて、ノンフィクションとして納得の仕上がりになっていました。(映画もこの二冊から材料を得ていました。)

では、原作本との勝敗は…!? 映画が、主人公だけでなく、周辺の人間たちがとても魅力的に描かれ(原作とは違ってかなり人物に脚色がなされています)、また、ホームレス生活からスタートするドラマチックなストーリー展開が用意されていたので、映画に軍配を上げたくなりました。と言いながらも、今回はむしろ、ノンフィクションが小説(少なからず読者への何らかのエンタメ的要素を持つ)とは全く違ったもので、小説と映画のような比較ができないのだ、ということを改めて実感する読書体験だったとの思いが強いです。どうやら、ノンフィクションの映画化の場合は、原作本→映画の順で出会うのが、両方を楽しみきる秘訣のようです。

ともかく、原作本も映画も「セカンドチャンス」というメッセージは変わりません。多くの人々の指示を受けている理由もそこにあるのでしょう。

 

(写真はビッグイシューHPより)

 

ジェームズのセカンドチャンスの第一歩となった、ホームレスの人の仕事をつくり自立を応援する『ビッグイシュー』が日本にあるのも初めて知りました!ちょうど最新号がまさかの「猫のボブ」の表紙で驚きました!スペシャル企画「ボブから学んだ5つの人生哲学」も掲載されているようです。

  • 2018.12.15 Saturday
  • 01:42

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

印象派の巨匠マティス、ドガ、セザンヌ、モネに迫る四つの短編集。

それぞれの作品の語り手となるのは、画家の身近にいた女性達で、召使い、女流画家、画材商の娘、義理の娘、と様々。美術小説『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』も、キュレーターの経験がある原田マハさんならではの作品だと感じましたが、今回も「史実に基づいたフィクション」で、評伝や美術史とは違うところを、作家の想像力で埋めていって、画家を描いていく作品群です。

 

 

それぞれ中心にある作品を頭において読んでいけるのも魅力です。マティス『マグノリアのある静物』、ドガ『14歳の小さな踊り子』、「リンゴ」の画家セザンヌとゴッホ『タンギージ爺さん』、モネ最晩年の『睡蓮』。それにしても、語り手である画家達の周りにいた女性達の画家への(芸術への?)献身ぶりのせいでしょうか…、どの作品の結末になぜかもの悲しさを感じずにはいられず…。この切なさもまた、芸術というものがもたらすものなのかもしれません。

  • 2018.12.08 Saturday
  • 20:38

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

池田晶子『勝っても負けても 41歳からの哲学』

前回の『41歳からの哲学』の続編。『週刊新潮』での連載コラム「死に方上手」あらため「人間自身」を内容毎に収録した1冊。時代が変わろうとも、世の中が変わろうとも、「人間であるところの自分」、「人間そのもの」「人間自身」は全く同じだ、というところから切り口。

 

 

「哲学とは、どこの誰にも納得できるはずのことを考えること」「生きているとはどういうことか、自分であるとはどういうことか、誰にも共通の当たり前のことを考える」ことだと池田さんは言います。そして、「当たり前のことを考える」=「自分がそうだと思い込んでいることを疑うこと」で、そこが哲学が難しいと言われる点だ、といわれると納得です。

「思い込み」という観点から眺めていく「政治」「国家」「社会」「個人」、そして、「自分」。近現代人としての私たちが、当たり前と思っている「自分」が、いかに不明瞭な観念にすぎないかということが、分かりやすく説かれていきます。

そして、一番興味深かったのが「言葉」の定義です。「言葉で語るということは、言葉で語らなければ何事でもないことを、何事かであるかのように語ること」だそう。人は、「人生は何事でもないという自由に耐えられない」から、言葉によって「人生に物語を求める」。「人間とは虚構を現実として生きている生物なのだ」「人は言葉によって規定されたい」のだ、との展開にハッとさせられました。

「日常に風穴を開ける唐突な思考」である哲学に気付くことのできる続編です。

  • 2018.12.01 Saturday
  • 22:29

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

池田晶子『41歳からの哲学』

『14歳からの哲学』『14歳の君へ』の14→41と数字を入れ替えた続編? と思いながら手に取ったのですが、読んでみると『14歳〜』の大人版の趣ではありませんでした。

それもそのはず、どうやら『週刊新潮』での連載「死に方上手」を収録したもので、1回で読み切るという連載のスタイルが、哲学でありながらエッセイならではの読みやすさを作り出しています。中心テーマは、連載のタイトル通り「死」。人間に平等に与えられている「死」をテーマにするにあたり、「不惑」を越え、「死」を考え始める年齢の「41歳」なのかなと勝手に理解しました。(もちろん、14との言葉遊びや、40代の著者の哲学の意味もあるのでしょうが…)

 

 

「人生とは」、「生きて死ぬとは」、「存在して無でないとは」。いわゆる哲学的命題を、今現実として目の前にある「自分」「世界」といった「当たり前のこと」を例にとって、この「最も当たり前のことこそが、もっともわからないこと」だと気付かせてくれます。日常でさえも「わからない」神秘である、などなど、もちろん池田節は健在です。

わからないことをわかると信じるところに間違いが起こるのだから、わからないとわかることはどうすればいいのか。考えればいいのである。信じるのではなく、考えるのである。

私たちがいかに勝手に作り出した観念の中に生きている(信じている)かにたどり着けます。

(続編:『勝っても負けても 41歳からの哲学』は次回…)

  • 2018.11.24 Saturday
  • 12:27

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

『あの日、君と Boys』『あの日、君とGirls』『いつか、君へ Boys』『いつか、君へ Girls』

集英社文庫創刊35周年を記念して編集された、どれも上質の短編集。大人ではなく、少年少女を描いているという点も、失われてしまった何かが散りばめられているようで、ひりひりした感情すら懐かしく、また、愛しさを抱かせられます。

元々は、朝井リョウさんの「ひからない蛍」狙いで『いつか、君へ Boys』と『短篇少年』に辿りついたのが出会いだったのですが、読んでみると「少年」たちを描いた作品群がなかなかに個性的で面白く、「少年」という限定された一時期に特化した作品を一気に読める点も新鮮だったところから、全編を読んでみたくなった小説集でした。

ちなみに、「ひからない蛍」は、坪田譲治文学賞『世界地図の下書き』の「三年前」の章となった作品で、すでに読んでいたものだったのですが、少年を描いたアンソロジーという発想から、児童養護施設を描いた「ひからない蛍」のテーマや主人公たちが生まれたことが分かると、改めて心が震えました。

 

 

その他に好きだった作品は、伊坂幸太郎「逆ソクラテス」、加藤千恵「haircut17」、中島京子「モーガン」、村山由佳「イエスタデイズ」、石田衣良「跳ぶ少年」、山崎ナオコーラ「正直な子ども」、米澤穂信「913」、島本理生「きよしこの夜」、中田永一「宗像君と万年筆事件」。どの短編も、切り口がそれぞれの作家さんらしく、楽しめました。

4冊は2017年に、前出の『短編少年』と、『短編少女』『短編学校』に再編成されています。

  • 2018.11.17 Saturday
  • 23:30

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

俵万智『愛する源氏物語』

第14回紫式部文学賞授賞作品。

『源氏物語』に関する本は数多く出されていますが、本書は、『源氏物語』に出てくる和歌を取り上げて、そこから物語や作中人物を詳らかにしていこうという趣向の一冊です。

俵万智さんと言えば、すでに与謝野晶子の『みだれ髪』の全首を、現代の五七五七七に詠み訳した圧巻の『チョコレート語訳 みだれ髪』でも有名ですが、『愛する源氏物語』も同じ方式で、和歌が現代の短歌に万智訳されています。

 

 

例えば、紫の上と光源氏の最後の相聞

おくと見るほどぞはかなきともすれば風にみだるる萩のうは露 紫の上

はかなさは私の命と似ています風に乱れる萩の上露 (万智訳)

ややもせば消えをあらそふ露の世におくれ先立つほど経ずもがな 光源氏

ともすればはかない露のような世にあなたに後れて生きたくはない(万智訳)

光源氏は、紫の上の気持ちよりも「力点が『残された自分』にある」と指摘したり、結局「出家を許されなかった紫の上は、もう死ぬことでしか光源氏から自由になれない」「死もまた一つの救い」などと展開されていき、和歌から登場人物たちを読み解こうとしている点が大変新鮮です。このような和歌はこのような心情から生まれる…と、和歌を中心に置くことで理解できてくる登場人物というのを興味深く読み進めていきました。

宇治十帖の、浮舟についても、彼女が薫と匂宮のどちらを思っていたか、が和歌から解き明かされていき、目からウロコの終着点でした。

ついつい重きをおかず、通り過ぎてしまっていた『源氏物語』の和歌ですが、会話よりも先にあった和歌の存在を思うとき、やはり、このアプローチは見過ごしにできないなと改めて感じました。歌人ならではの視点の和歌から浮かび上がる新しい『源氏物語』論でした。

  • 2018.11.03 Saturday
  • 12:08

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

西加奈子『炎上する君』

自分の居場所や行き場を見つけられず、人生にさまよっている人の8つの短編集。主人公達がさまよう場所が、現実社会ではなところに存在していて、いわゆるリアルな物語は展開されません。かといってファンタジーとも違っている…、このフワフワとしたリアルさといったらなんだろう…と思いながらの読書でした。全く異なった不思議世界が8つもそろうと、むしろそちらの方が本物なのでは…なんて思わせてしまうのが西加奈子さんなのかもしれません。

 

 

例えば表題作は、炎上するほどの熱をもって生きることなど到底できそうもなかった人が、実は自らも炎上するくらいの熱量を秘めている現実に行き当たる、そんな作品。8つともに、救いとも、希望ともいえるような、これからも続いていくだろうそれぞれ別の結末が用意されています。

人は皆、本当は逃避場所を必要としているのだけれども、それを後ろめたく思う必要はない、迷うときは迷い、進むときは進みなさい、と背中を押してくれるような独特の西ワールドです。

  • 2018.10.27 Saturday
  • 22:30