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w closet×JUGEM

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

山田詠美『ファースト クラッシュ』

高校生の頃から山田詠美さんを愛読しているのですが(直木賞受賞で詠美作品と出逢いました)、11月号の『文學界』の特集が「恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ」だと知って思わず手に取りました。読んでみると、新刊『ファースト クラッシュ』を記念しての特集で、そうなるとやはり読まない訳にはいきません。…というところで、順調に(笑)新刊にたどり着きました。

 

 

『ファースト クラッシュ』は「初恋」のこと。「ファースト ラヴ」のイメージとは違う「相手の内なる何かを叩き壊したいという欲望。まさに、クラッシュな行為」である「初恋」が描かれていきます。

物語は、(五十歳前後になった)高見澤家の三姉妹が、それぞれの思春期を回想する三部構成です。そして、麗子・咲也・薫子の三姉妹の「ファースト クラッシュ」の相手となるのが、高見澤家に引き取られてきた新堂力という母を亡くした身寄りのない魅力的な少年です。この少年は、三姉妹の父の愛人の連れ子で、そこに、夫の愛人の子を引き取る三姉妹の母が、これまた何とも言えない存在感で絡んでいきます。高見澤家の女性4人と、それぞれ全く違う人間関係を結んでいく力。

「憐憫」という感情を真ん中に据え、様々に変化していくいびつな愛情が4者4様に、いや、力を加えて5者5様に表れてきます。また、島崎藤村・中原中也・寺山修司の詩が織り込まれていくなどなど、読みどころはたくさんあるのですが、なんといっても、どんでん返しとも違う驚きと心地よさを感じさせてくれるラストが秀逸です! 全ての登場人物たちの感情が昇華されるような結末に、それまでのストーリー展開からは想像できなかった、まさかの涙がこぼれてきて、自分でも驚きました。山田詠美さんに、読者の心もクラッシュされること間違いなしの作品です。これ以上は語れません…。ぜひ読んでみてください。

  • 2019.12.07 Saturday
  • 20:23

事務局レポート

浜松市立高等学校・句会ライブ

修学旅行で松山を訪れている浜松市立高等学校。「松山はいく吟行体験コース」を選んでくれた皆さんとの句会ライブです。

「松山はいく」のガイドさんに俳句のレクチャーを受けて吟行体験した後の、修学旅行生対象の句会ライブは、松山市立子規記念博物館では視聴覚室で行われることが多いのですが、今回は初めての和室! 約50名がぎゅうぎゅうに詰まったのもあり、より一体感が生まれた句会ライブとなりました。

 

 

皆さん、松山城を散策してきたそうで、松山城観光のパンフレットにいれたいような独創的な句がずらり!

意欲作も見られ、中には堂々と「無常観」を詠んだ句やら、無季自由律の25音の句まで登場しました。

決勝に残った句にも、「伊予弁」を詠み込んだり、修学旅行で学んだ「先人の影」、「石垣の苔の勇ましさ」などなど様々で、楽しませてもらいました。優勝は、「冬の風」が「寂しさ煽る」という句に! 「煽る」という表現に皆の共感が集まっていました。

 

 

また、「松山の龍」を詠んだ句を、「雲の隙間からさしてきた陽の光がまるで天にのぼる龍のようだったのでは!?」という鑑賞が出てきた時には驚きましたが、作者に聞いてみると、まさに鑑賞通りに「隙間からさす陽の光を龍に見立てた」とのこと。和室が賞賛の「お〜!」の声で満たされました。

浜松市立高等学校の皆さんの感性と詩心に驚かされ、また、大いに笑った句会ライブでした。

  • 2019.12.04 Wednesday
  • 18:30

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

朝井リョウ『もういちど生まれる』

朝井リョウさんの『どうしても生きてる』が刊行されると知った時、そのタイトルの感じと、短編集という情報だけで、勝手に『もういちど生まれる』の続編ではないか…と想像していました。読んでみると、全く別物の短編集だったのですが、思い出したのを機に改めて再読してみました。

『もういちど生まれる』は、短編集とは言え5編の登場人物たちが深く何重にも関わっている連作で、作品ごとに登場人物たちの別の側面が浮き彫りになっていく趣向です。むしろ、視点を変えた章からなる長編小説的味わいと言った方がよいかもしれません。主人公たちは、もうすぐ二十歳になる十九歳で、いわゆるモラトリアム期間にある大学生、2浪の予備校生、専門学校生です。

「こんなにも人がいるのに、ほとんどが他人」という不思議な空間である大学をベースに、何らかの形で絡み合っていく登場人物たち。頻繁に登場する「椿」をはじめ、「椿」に恋する大学生らしい大学生である「翔多」の報われない恋など、読みどころはたくさんあるのですが、中でもモラトリアムの期限を迎えようとしている「ハル」の背負った物語に、短編連作長編の集大成的なところを感じました。

 

 

これまで夢を持ち続けるためにあえて見ないようにしてきた「特別ではない自分」という現実を受け入れて、逃げないことを決めたハル。妹ハルに「向き会いたいと思」い「伝わるといいな」と、画家として「彼女の将来」を描こうとした美大生の兄・ナツ。最後にハルがとった行動に対して、「本当は伝わってなかったのかもしれない。なんにも、誰にも。」とのナツのつぶやきだけを取り出すと、一見ナツの思いは伝わらなかったように感じますが、ハルの行動が現実の自分を受け入れて前に進むためであることを思う時、ナツの思いを受け止めた上での、ギリギリまで自分自身を追い詰めて進んでいこうとするハルの強さの行為である気がしてきました。

表題短編で、自殺の撮影シーンが「もういちど生まれたみたいだった」ように、救いのなさそうなハルの選択の中にも、モラトリアムから踏み出し「もういちど生まれ」直そうとする意志を描こうとする、作者の優しい眼差しを感じさせられる作品でした。

余談ですが、単行本と文庫本の装丁を見てみると、本作の中のそれぞれ別の短編からのインスピレーションで作られています。全く印象が違った本のようでありながら、二つの装丁の間にモラトリアム期間の大学生という存在を配置すると、しっくり腑に落ちてくるという面白い表紙の改訂だなと感じました。

  • 2019.12.01 Sunday
  • 23:52

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

天童荒太『永遠の仔』

松山市立子規記念博物館にて2019年10月20日(日)に開催された『巡礼の家』刊行記念のトークイベント【天童荒太 ふるさとを語る】では、身を削るようにして書いてこられた天童荒太さんの創作の方法に心震え、また、各作品にこめられた願いに胸がいっぱいになりました。そのトークイベントの中で天童さんは、『巡礼の家』(松山)同様、愛媛が舞台となった小説『永遠の仔』について次のようなお話をされていました。

「人間が生きていくためには本能的、動物的な意味で『仔』としての親の愛情が必要で、あらゆる人が認めてもらいたいと願っている。肯定感を満たされると人は幸せを感じ、ほめられなかった飢餓感が辛い行動へと衝動的に走らせる。この辛い物語を成立させることができたのは、石鎚と双海という知っている空間や感覚が執筆を助けてくれたからだ。」

 

 

『永遠の仔』は、児童虐待を受けて育った小学生たちが出会う小児精神科での時間と、虐待の傷を抱えたまま再会した彼らの17年後の今とが交差するミステリーです。天童さんは、執筆の際には「没入してボロボロ泣きながら」書かれるのだそうですが、『永遠の仔』も、登場人物たちと同化する天童さんの心の高ぶりや、存在する一人一人の人間への愛情がダイレクトに伝わってくるような作品でした。ミステリーとしての筋を追っているというよりも、人間が生きるとは、罪とは、人の尊厳とは、といった問いを突き付けられているように感じながら読み続けました。

文庫版では、「読者から寄せられた言葉への返事として」のあとがきが記されています。「本来、小説家が作品以外でしゃべり過ぎるのは、よいことではありません」としながらも、「それでも答えておく義務というものが、この作品に関しては生まれていると感じ、長く書かせていただきました」とし、心を尽くした天童さんの思いがつづられています。心に傷を負う全ての人々に贈られる天童さんのメッセージは、人間愛に満ちたあとがきとなっていて、物語とともに一つの作品として味わいたいと感じました。

愛媛県人ながらまだ登ったことのない霊峰石鎚山にも、一生に一度くらいは登ってみたい! と思い始めました。

  • 2019.11.23 Saturday
  • 18:38

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

平野啓一郎『マチネの終わりに』

福山雅治×石田ゆり子主演で話題の映画『マチネの終わりに』の原作本です。「たった三度しか会ったことがなく、しかも、人生で最も深く愛した」大人の恋愛小説ということですが、個人的には、恋愛模様を描いた作品というよりは、ままならないすれ違いの恋愛に翻弄される男女それぞれが、一人の人間として自己肯定できる生き方を手に入れていく物語として読みました。

四十歳を目前にしたクラシック・ギタリストの蒔野と、国際ジャーナリストであり、有名な映画監督の娘である二歳年上の洋子。物語を貫くのは、蒔野と洋子が初めてあった時の蒔野のセリフです。

 

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるともいえるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものしゃないですか?」

 

 

「中高年になって突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動に出る」≪ヴェニスに死す≫症候群と自認する洋子は、一見、婚約破棄しても蒔野への愛を選ぼうとする自由な女性のように感じますが、実際は「理不尽で、もっと過酷な困難を生きる人々」を取材してきてPTSDの症状に苦しんでおり、「人生そのものに対する虚無感」を抱え、「どの道を選ぼうとも行き止まりはなく、それはそれとして異なる出口が準備されている迷宮の方が、遥かに残酷なのだと」考えような人物です。だからこそ、彼女は「洋子さんを愛してしまっているというのも、俺の人生の現実なんだよ。洋子さんを愛さなかった俺というのは、もうどこにも存在しない、非現実なんだ」と言ってくれる蒔野に惹かれたのでしょう。

二人のすれ違いの年月はあまりにももどかしく、動かしがたい運命のようにさえ感じてくるのですが、初めの蒔野のセリフが重低音のようにずっと鳴り続けていることによって、二人の今は、過去を変えてくれる今(という未来)を重ねているだけであり、「間違ってなかった」と現実を受け入れていく二人を必然と受け入れることができました。

結末の先は、読者によって解釈が広がりそうですが、人生は、未来はもちろん過去でさえ、自分の考え方次第で変わっていくものなのかもしれない…と信じたくなるような作品でした。

  • 2019.11.16 Saturday
  • 17:18