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w closet×JUGEM

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

島本理生『ファーストラヴ』

第159回直木賞受賞作品で、来春には映画化も予定されている島本理生さんの長編ミステリー『ファーストラヴ』。

 

父親殺害の容疑で逮捕された女子大生・環菜。アナウンサー志望という経歴も相まって、事件は大きな話題となるが、動機は不明であった。臨床心理士の由紀は、ノンフィクション執筆のため環菜や、その周囲の人々へ取材をする。そのうちに明らかになってきた少女の過去とは。そして裁判は意外な結末を迎える。(裏表紙より)

 

裏表紙の紹介文とタイトルの『ファーストラヴ』とに、好奇心的違和感を持ちながら読み始めましたが、伏線に次ぐ伏線…という感じのストーリー展開で(伏線だけで出来た小説と言えるくらい)、この伏線がどう繋がっていくのか気になり続け、最後まで一気に読み進めました。

物語では、容疑者の環菜だけでなく、主人公の由紀や弁護士の迦葉をはじめとする登場人物たちそれぞれが抱えるトラウマがどんどん明らかになっていきます。環菜の事件を中心に据えながら、父子関係、母子関係の歪さが生んでいく闇のようなものが多方向から描かれていく小説でした。

 

 

自分の不快や恐怖はそっちのけにして、大人の期待に応えることで生き場所を確保してきた子供であった環菜。彼女を苦しめていたのは父なのか、母なのか、それとも…。彼女にとってタイトルとなった「ファーストラブ」の意味するものがなんとも切ない。そして、一番の闇を抱えていた人物が分かる結末まで…、心が折れそうになるばかりの展開の中で唯一の救いが、主人公の夫である、心を開かせる報道写真家・我聞でした。人の変われる可能性を信じる我聞の包容力。完璧ともいえる我聞の癒やしが存在することで、環菜だけでなく、主人公自身が変えていこうとしてる今に、読者である私も安心して寄り添うことができた気がします。一番番魅力的な我聞のお陰で、ミステリー要素だけでなくヒューマンドラマの要素を感じられました。

  • 2020.10.25 Sunday
  • 14:05

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

朝井リョウ『スター』

朝井リョウさんの新刊は、作家生活10周年記念作品[白版]の『スター』です。朝日新聞夕刊の1年2ヶ月の連載を加筆修正した作品ですが、私自身はこの単行本が初読みで、大変楽しみに手に取りました。

 

 

タイトルともなった「スター」の意味を探りながらの読書となりました。

小説では、プロとアマチュアの境目が曖昧になっているジャンルとして「映像」の世界が取り上げられていきます。主人公は、尚吾と紘の二人。彼らは、大学で二人で一つの映画を監督し、新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞しますが、卒業後は、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶことになります。

二人は、それぞれの場で「作品の質や価値は何をもって測られるのか」「私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか」という表現者としての葛藤を抱えながら悩み、答えを出していくのですが、私たち読者自身も「質が高いもの」「本物」とは何なのか、私たちは何を選択しているのか、あなたはどんな星付けをしながら生きているのか、を問われているような作品でした。

対極を生きる二人の人生がどう再びクロスし、二人はどんな答えを出していくのか……。投げ込みチラシの「私の中で白黒つけられないグレーなテーマを扱っています」との作者からのメッセージを読んでいたので、どんな結末が用意されているのか(朝井リョウさんならではの不穏さも想定しながら)最後までドキドキしながら読み進めることになりました。

結末は明かせませんが、二人が別方向から同時に到達する「心」の問題、そして、彼らが世界に向かい合っていこうとする姿勢などなど、朝井リョウさん自身の表現者としての誇りや自信が、清々しく見えてくるような展開となっていて、まさに10周年記念作品[白版]と呼ぶにふさわしい作品だと一ファンとして嬉しくなりました。

どうやら、10周年記念作品は、今回の[白版]『スター』だけでなく[黒版]『正欲』の発売も予定されているようで、『正欲』は『スター』の対極にあるような作品なのだそうです。私たちが生きているまさに「グレー」である現実を、次回は「黒」側から眺めた一冊になるのでは! と、朝井リョウ的毒が大好物のファンとしては、来春の刊行が楽しみでなりません。

  • 2020.10.10 Saturday
  • 16:35

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

佐藤泰志『そこのみにて光輝く』

綾野剛×池脇千鶴×菅田将暉出演、呉美保監督の映画『そこのみにて光輝く』の原作本で、第二回三島由紀夫賞の候補になった作品です。背表紙には「にがさと痛みの彼方に生の輝きをみつめつづけながら生き急いだ作家・佐藤泰志がのこした唯一の長篇小説にして代表作。青春の夢と残酷を結晶させた伝説的名作」とあります。

 

 

読んでみると、映画は、原作本の設定や登場人物であるものの、主人公の背負っている過去が原作の要素だけを借りた別のものであり、主人公の達夫は別の影をまとう人物となっていました。また、他の登場人物たちのエピソードもかなり組み替えや追加のアレンジがされていました。とは言え、読みながら原作と映画との違いの一つ一つに気付いていくことは、小説の様々なエッセンスを凝縮して組み替え、一本の映画として作り上げている映画の完成度に改めて気付かされることとなりました。

個人的にこれまでは、映画と原作を比べてみると、描ききると言う点では、どうしても尺の中におさめなければならない映画は原作には及ばないなという印象で、別の視点で切り取った新しい作品として味わうことが多かったのですが、今回の呉美保監督作品については、凝縮することで、より深く原作の芯の部分が伝わる作品になっている印象で、こんな映画化の仕方があるのだ! と驚かされました。もちろん、綾野剛さんはじめ俳優さんたちの演技あってのものなのは言うまでもありませんが。

世の中から蔑まされた場所で、底辺の生活を送りながら、ままならない現実の中を生きていく人間、家族との繋がり、そして愛情。そして、そこに確かに注がれている「光」。救いの小説であり、また、映画でした。

  • 2020.09.27 Sunday
  • 23:10

俳句関連・書籍など 紹介

関川夏央『子規、最後の八年』

「二十八歳で脊髄カリエスを発症し、三十五歳で逝った正岡子規」の晩年の8年間をたどる子規の評伝です。『短歌研究』2007年1月号〜2010年7月号までの3年半の連載が元になっています。

 

子規の表現欲、旧文芸に対する改革欲、「親分」欲、「座」を主宰することへの演劇的情熱、そして食欲、どれをとっても病臥後のほうがはっきりしているし、またはなはだしいのである。子規の本領は、その早すぎた晩年のほうにある。「あとがき」より

 

 

研究的価値のある文献の引用も多い上に、晩年の8年間に主眼を置きながら、晩年につながっていくそれ以前の出来事についても詳しく、また、子規周辺の人物たちが丁寧に描かれているのが特徴です。夏目漱石については、全編を通してページがさかれ、高浜虚子・河東碧梧桐・伊藤 左千夫・長塚節・秋山真之・妹の律はもちろん、樋口一葉まで。(その他にも様々な人物が登場します)とにかく、子規と関わっていく一人一人に立ち止まっていくことで、子規をとりまく全てを、そして、明治という時代を描き出そうとする筆者の熱意を感じる一冊でした。

 

骨に食い入ってカリエスを起こす結核菌とは、当時の医学では戦いようがない。しかるに、飽くことのない食欲と見物欲、それに表現欲が希望に似た空気を全体に淡く満たす。それこそが子規のパーソナリティであり、また子規が呼吸した時代精神のあらわれでもあっただろう。

  • 2020.09.13 Sunday
  • 14:31

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

三島由紀夫『青の時代』

河野多惠子さんと山田詠美さんの『文学問答』で、「認めざるをえないという三島作品」として挙げられていたのが『青の時代』で、ずっと読んでみたいと気になっていました。

『青の時代』は、実際に起こった「光クラブ事件」をモチーフに書かれた作品で、東京大学の学生でありながら高利貸し業務を行って検挙され服毒自殺をした山崎晃嗣(小説では川崎誠)を主人公に、検挙にいたる前までの会社が下り坂になる予兆までが描かれます。興味深いことに、どうやらモデルとなった山崎晃嗣は、同じく東大生だった三島の知人だったと言われているようです。

「序」で三島は、「僕の書きたいのは贋物の行動の小説なんだ。まじめな贋物の英雄譚なんだ」と言っています。そして、主人公誠の贋物の英雄ぶりを浮かび上がらせるものとして、対照的に描かれているのが再従兄の易(やすし)です。人と同じであることを嫌悪し、金銭に価値を認めずにただ事態を見極めて超然と過ごそうとする自分を誇る誠に対して、何の取柄もない一般人の象徴のように描かれる易なのですが、誠が易の自然さを軽蔑しきれないばかりか、誠にとっての救いのように随所で描かれているのが印象的です。誠が誠自身が演じている贋物の英雄ならば、易は誠にとっての本物の英雄であるとでも言わんばかりです。

 

 

そして、要所要所で登場する「緑いろの鉛筆」が効いています。幼い誠が欲しがり何とか手に入れながらも、父の教育観により無惨にも手放すことになった張子の鉛筆も緑いろ。父への反抗心を持つきっかけとなったのがこの鉛筆ならば、事業投資の金融詐欺に遭い、まんまと10万円を騙し取られてしまったのも、巨大な緑色の鉛筆の中に文房具一式が詰まっている玩具に心を惹かれたためでした。この詐欺にあったことが、誠が高利貸業に手を染めるきっかけとなるのですから意味深です。しかも小説のラストに、商売の行き詰まりや誠の服毒の最期を匂わせる一方で、誠に「自分の存在が一種透明なものになる稀な快い瞬間」が与えられる場面でも緑いろの鉛筆が登場します。

喫茶店で粗末な格好をした易と恋人らしき少女が、午前の日をふんだんに浴びながら会話しているのですが、この場面で易は、緑いろの鉛筆でいそがしそうに手帖に何かを書いています。この誠が快く眺めているこの瞬間に罅を入れるのが、誠の脳裏に聞こえてきた「誠や、あれは売り物ではありません」という声(張子の鉛筆をほしがった幼い時の誠が言われた言葉)であるのも象徴的です。

贋物の英雄である誠にどうしても手に入れることができず、万人の象徴である易に簡単に手に入るものが「緑いろの鉛筆」であったという事実。他者と同じであることを嫌悪していた誠は、結局は、他者が簡単に手に入れていた最も卑属なものをずっと手に入れようとしていた、と言うのはなんとも皮肉です。作者が、これから誠がむかえることになるだろう破滅的最期を書かなかったのは、むしろ贋物の英雄(誠)が抱えている虚無を描きたかったからかもしれません。

  • 2020.08.30 Sunday
  • 23:17