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実践報告・お便り

オーサー・ビジット 朝日新聞掲載記事のご紹介

2月8日(土)付の朝日新聞紙上で、福岡女学院高校にて開催された副会長の特別授業の記録が掲載されました。

 

画像をクリックすると大きくなります

 

福岡女学院高校のオーサー・ビジットにつきましては、これまでも本ブログの以下の記事にてご紹介しておりますので、ご参考になさってください。

 

好書好日「オーサー・ビジット 教室編」記事のご紹介

オーサー・ビジット2019 in 福岡女学院高校

続・オーサー・ビジット2019 in 福岡女学院高校

 

  • 2020.02.16 Sunday
  • 20:54

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

吉田修一『続横道世之介』

柴田錬三郎賞受賞作品で、2012年に映画化された『横道世之介』の続編です。前作では18〜19歳だった世之介の6年後、一年留年して大学を卒業したものの、バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、バイトとパチンコで食いつないでいる世之介の前に訪れてくる人々との一年間が描かれます。

 

 

『横道世之介』が、世之介と彼にかかわる人々のその後の挿話という二重構造になっていたのと同様に、24〜25歳の世之介と世之介を取り巻く人々と、27年後の2020年、東京オリンピック最中のその後の彼らの現在とが交錯していきます。

それにしても、世之介は変わらない。もちろん、モラトリアム期間の大学生とは違って、責任感を必要とする人間関係が表れてくるので、その中での世之介の成長はあります。しかし続編でも、「良い人そうに見えるが極端に頼りない」ままです。とはいえ、やはり「役に立たなくてもいいから、誰かそばにいてほしいとき」にいてほしい人であり、「ここからいくらでもスタートできるな」「きっと何もかもが良い方向に進んでいくはずだと思わせてくれる」人であり続けます。

 

 

前作で読者に突き付けられた、世之介のなんともやるせない結末が変わることはありませんし、そこに甘くない現実を見ることもできるのですが、続編で描かれた世之介にかかわった人々の27年後を思う時、「善良であることの奇跡」を体現した世之介の物語は、ある種、殺伐とした現代のメルヘンなのかもしれないなと感じました。

  • 2020.02.11 Tuesday
  • 19:00

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

藤村忠寿・嬉野雅道『仕事論』

6年ぶりの待望の新作が放送中で盛り上がっている、北海道テレビ(HTB)の人気バラエティ番組『水曜どうでしょうHow do you like wednesday?』。実は私も、今回の新作に喜んでいるファンの一人で、新作公開前のインタビュー記事を読んで楽しみにしていました。

1996年にスタートし2002年までレギュラー放送され、その後不定期に公開されている『水曜どうでしょう』の出演者は、現在では俳優として引っ張りだこの大泉洋さんと、ミスターこと鈴井貴之さんのタレント枠2人に、藤やんこと藤村忠寿さん&うれしーこと嬉野雅道さんの同行ディレクター2人の4人です。出演者の掛け合いや、大泉さんのボヤき、トラブルをそのままネタにするアクシデントの数々が楽しい番組で、全国で再放送されたり、DVD化されたりしています。その2人の名物ディレクターが「働き方」の本質を語ったのが『仕事論』です。オビには、「やりたいことで結果を出すための『自分勝手』な思考法」と書かれています。枠にとらわれない斬新な超人気番組を作ったディレクターが、会社員としての立場から仕事をどう語るのか、興味津々で手に取りました。

 

 

藤村さんと嬉野さんが交互に語っていく形式で進められていくのですが、ただ闇雲に頑張れという立場ではなく、安請け合いをしない、深く考えれば無茶な指示は断れる、など、番組制作体験を例に引きながら、独特の「仕事論」が展開されていきます「『自分たちが面白いと信じること』をやり続けてきた」だけで、「テレビ番組を作っているという意識がない」と言いながらも、そこでひかれる以下のたとえ話を特に興味深く読みました。

一般に、新しいグラスをつくることになった場合、普通は今の流行を考えたり、次の流行を予測して作ろうとする。しかし、二人の場合は、グラスじゃなくて皿を作ってもいいんじゃないかと考えて、自分たちが作りたい皿を作る。とはいえ、自分たちの皿の魅力を見極める必要はあって、自分たちの長けている能力を使った皿をつくらなければならない。できたものに意見を言われても、その意見の箇所に狙いはないのだから、気にする必要はない。「『世の中で求められているもの』を作り出そうってことは、一切考えたことがありません。自分たちが絶対に面白いと思うものを作れば、良いものが出来上がるんだという確信があります。(略)やれと言われたことを無視するほどの思いで作ったわけですから、おのずとクオリティも高くなるはずなんです。」と。

「社会はどこまでいっても、人、人、人」というスタンスに立ち、「私たち人間が一番好きな対象が人間」であるからこそ、視聴者は「『他人がどんな考えをもっているか』に強い興味を抱」いてテレビに耳を傾ける。「人間が作る以上、目指しているのは他者との交流」であると言い切る本書。「『自分』の尺度でものを言」い、「成功や失敗という結果より、やってみることの方が人生には大事」という『仕事論』は、仕事にかかわらず、人生をより豊かに自分らしく生きるために背中を押してくれるような一冊でした。

  • 2020.02.01 Saturday
  • 17:22

句集を作ろう!コンテスト

句集を作ろう!コンテスト 結果発表

句集を作ろう!コンテストの入賞結果をまとめてご覧いただけますのでご紹介いたします。

愛媛県外の入賞者も掲載されており、全ての結果がご覧いただけます。

 

(画像をクリック)

 

本ブログでご紹介できておりませんでした県外の入賞者、及び学校賞は以下の通りです。

 

一句賞優秀賞・40句部門
きょうりゅうもこっせつをするはるやすみ 川島こども園 本田千真さん

 

一句賞優秀賞・20句部門
通学の三つ編ほどき髪洗う 下関市立滝部小学校 6年 岡さとりさん
先生の閑話休題風光る 智辯学園和歌山中学校 3年 申千春さん

 

一句賞・40句部門
さあ一口入道雲を召し上がれ 広島大学附属小学校 6年 中津伊彩さん
鳥帰る二分遅れの校舎時計 広島大学附属三原中学校  2年 平木結菜さん
泣く女子と笑う男子と卒業歌 東京都江東区立深川第七中学校 3年 前田明楽さん
ペンギンの真っ正面に冬が来る 大阪市立玉津中学校 3年 馬場叶羽さん


一句賞・20句部門

あじさいではじまるしりとりかえり道 広島大学附属小学校 2年 大谷優歌さん
汗をふくタクシー乗り場あと十人 東京都江東区立越中島小学校 5年 村上流さん
ひらいしん秋雲一つひっかけて 高松市立栗林小学校 5年 川畑心奈さん
夏終る考えたくもなかったな 広島大学附属三原小学校 6年 鉃本陽菜さん

 

装丁賞優秀賞・40句部門
大阪市立玉津中学校 3年 馬場叶羽さんの「猫」

 

装丁賞優秀賞・20句部門
埼玉県寄居町立寄居中学校 1年 盒桐攅瓩気鵑痢嶌甘呂悄

 

装丁賞・40句部門
千葉県印西市立小倉台小学校 5年 加瀬文乃さんの「彼岸花」


装丁賞・20句部門
東京都江東区立深川第七中学校 3年 石渡皐己さんの「歯歯歯歯歯歯歯歯」
東京都江東区立越中島小学校 5年 村上流さんの「色えんぴつ」
 

学校賞

最優秀賞 愛媛県 愛南町立家串小学校
優秀賞   広島県 広島大学附属三原小学校、広島県 広島大学附属小学校
奨励賞   愛媛県 砥部町立広田小学校、東京都 江東区立深川第七中学校

  • 2020.01.30 Thursday
  • 21:27

備忘録〜個人的・書籍の感想〜

トーマス・マン『ベニスに死す』

平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』で、気になり読んでみたくなっていたのがトーマス・マンの『ベニスに死す』でした。ヴィスコンティ監督の映画(未鑑賞)でもよく知られる『ベニスに死す』ですが、『マチネの終わりに』では、「中高年になって突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動に出る」ことが《ヴェニスに死す》症候群と定義されていました。

個人的にあまり翻訳物が得意でないこともあり、どの訳者のものを手に取ろうかと悩むところから始まりましたが、青空文庫で実吉捷郎訳が読めることもあり、集英社文庫の圓子修平訳を手に入れました。淡々として状況がつかみやすいのが圓子修平訳で、詩的で主人公の感慨によりそっているのが実吉捷郎訳といった印象で、圓子→実吉訳と重ねて読んでいくと、トーマス・マンのやりたかった世界に読者も近づきやすいのかなと感じました。にしても、とにかく一文が長い!かなり苦労してしまいました。

 

 

高名な初老の作家アシェンバハは、ある日旅の誘惑に駆られ、ヴェネツィアへと旅立つ。そこで彼が出会ったのは、神のごとき美少年タジオだった。その完璧な美しさに魅了された作家は、疫病が広がり始めた水の都の中、夜となく昼となく少年のあとをつけるようになる…。(集英社文庫・背表紙より)

 

老いた芸術家が我を忘れ、死さえも厭わない美への憧れ。主人公の美少年への恋慕のようなもの(読者によって、好悪様々に受け取り方がありそうですが)が、成就させる類のものでないことによって、破滅的な結末も芸術家のある種の昇華であり、救いとして描かれているのかなと思いました。映画の評価も高いようで、ヴィスコンティ監督ならではの「美」という芸術の解釈となっていそうなので、観てみたくなっています。

  • 2020.01.18 Saturday
  • 22:25